「ダンシャリ」という言葉を声に出してみると、一瞬どこの国の言葉かわからない口当たりで、「ダン」と強く踏みしめたと思ったら、「シャリ」と軽快に弾けていってなんか楽しいと思うくらいにはもう断捨離に飽きてしまっていて、気づけば部屋中が衣類で埋め尽くされていた。
一緒に住む後輩はもうだいぶ前に飽きたのか本を読んでいた。当初気合の入っていた時間帯に頭に巻いたタオルが虚しい。
「よし、ちゃんとやろう」
僕は後輩に声を掛けた。
そうだ、僕らはちゃんとやっていなかった。
Tシャツを手に取るたびに思い出の残像を懐かしんだり、古着屋でなぜか買ってしまった似合わないシャツを、いつか着るかもしれない、ときれいに畳んだり、こんなことをして過去と未来を行ったりきたりしているからもう夕方になっているのだ。
「やります?」と後輩は訊くので、僕は「やるよ」とコインランドリーに持っていく用の空のイケアバッグ(大)を出した。
「直感でいらないと思ったらここに入れよう」
「うっす」
「三〇分くらいで終わらせればまだ古着屋に売りに行けるでしょ」
「っすね」
とにかくスピーディーに、気の変わらないうちに、運動会の玉入れのように僕らはイケアバッグに衣類を入れていった。
結果、たいした量にならなかった。まだ人格の定まっていない僕らにとって「着るかもしれない」という希望を捨てるハードルは高く、今は似合わなくてもいつか着てやるという若さゆえの気概もまた「捨」の部分の邪魔をした。
「古着屋って重さとかだよね?」
「っすね」
「よし」
僕は浴室に向かい、蛇口からお湯だけを出し、ミストサウナ状態にして、そこにしばらくイケアバッグごと置くことにした。
「なにしてんすか?」
「バレない程度に重くする」
「天才っすね」
「おう」
この天才的な作戦が功を奏したのか否かはわからないが、僕らは古着屋で一五〇〇円を手に入れて街へ出た。
どちらのものでもない一五〇〇円を自分の財布に入れてしまうのはなんだか気が引けて、そのままポケットにしまった。
ぬるい風が吹いている。
本当にあの服を売っちゃってよかったのか、蒸気を含ませたおかげで少しは金額が上がったのか、非合理なことばかりしているこの日常はどんな未来につながっているのだろうか。
曖昧な気温が僕の優柔な性格をもてあそんだ。
後輩を見ると、交互に前に出る自分の足を眺めながら歩いていたので、きっと彼も自分の存在を疑いながらこの風を感じていたのだろう。
僕らは定食の美味しい居酒屋さんに入った。
瓶ビールを頼んで乾杯をして、特に会話をするわけでもなく、なんとなく二人とも、過去とか未来とか、いま考えたってどうしようもないことを目の前に浮かべながら、ただ座っていた。
ふと我に返って、なくさないように一五〇〇円をテーブルの上に置いておこうとポケットから取りだして、千円札が飛ばないように真顔の野口英世の上に五百円玉を置いた。コツンという音に反応した後輩はそれを見て、鼻で笑った。これが僕と後輩の浅草キッド。