オスのクジャクは繁殖期になると大きく羽を広げてメスに自らをアピールする。
その羽の絢爛な色合いと目玉模様は催眠効果を狙ったものでもあるらしく、法律ギリギリのラインで進化を遂げながら種を存続する動物の知能と神秘に驚かされる。
メスの気を引くために羽を広げるのはクジャクだけではない。
オスの人間もまたそうなのだ。
平和な夜に彼は突然現れた。
九州出身の常連の姉さんが地元の友人たちを連れ立って店に現れ、彼はそのうちの一人だった。
みんなそれなりに酔っていたのでおそらく二軒目なのだろう。
姉さんは焼き鳥を焼いている僕に近づいてきて全員分の飲み物を注文すると、一番左に座る男をこっそりと指して、
「元カレ」
と一言付け加えた。
そして彼女が席に戻ったとき、その元カレの黒目が一瞬だけ僕を捉えた。
それは無意識の視線の移動というより、何かを”確認”する目だった。
姉さんが発した「元カレ」という言葉はおそらく彼の耳には届いていない。
彼の目に映ったのは、元カノがチャラチャラとした焼き鳥屋のバイトとこっそりと言葉を交わしたワンシーンだ。
あの確認の仕方、彼はきっと心の中で「はは~ん」とつぶやいたに違いなかった。
日付が変わった頃、ホワイトカラーのお客さんたちが家路につき、店内には姉さん率いる薩摩藩だけが残った。
今日はここで看板だなと提灯を消すと、「もう一軒行こうよ」と姉さんは皆に声を掛け、「行くっしょ?」と同時に僕を誘った。
答える前に確認することがある。
元カレの顔だ。
「寿司屋の隣のバーで待ってるよ」
とご機嫌な姉さんの隣にいる元カレは、
「リングの上で待ってるよ」
という顔で僕を見ていた。
申し込んでいない戦いのゴングがすでに鳴っていた。
片付けを終えてバーに到着すると、さっきまでいた友人の一人は山へ芝刈りに、もう一人は川へ洗濯に行ってしまったようで、元カレと姉さんの二人しかそこにいなかった。
隣には座らせねぇぜ、と言わんばかりに横並びのカウンターの手前側にしっかりと陣取って元カレは僕を待っていた。
僕が軽く自己紹介をすると彼は無言で数回頷いた。
そしてハイボールのおかわりを注文すると僕にこう言った。
「ワットイズヨアドリーム」
突然の右ストレート。
そして隣にいる姉さんにドヤ。
それ以降、彼は姉さんと日本語の会話をしたあと、
「ハウアバウトユー」
と僕に英語で振って姉さんにドヤ。
僕が「なんで英語なんですか?」と訊くと、
「ノー、イングリッシュ」
と僕の日本語を封じて姉さんにドヤ。
英語とドヤの華麗なステップでリング上を支配した。
変な時間が流れていることに気づいた姉さんは、彼がニューヨークから帰国したばかりで今日が久々の再会であることを早口で解説した。
バーテンダーがレコードを換えてアップテンポのミュージックが流れると、彼は目をつむって顔でリズムを取り、そしてふと立ち上がって奥のスペースに移動し、キレキレのロボットダンスを踊り始めた。
感電したように小刻みに震えながら舞う彼のカラダ。
その背中から扇状の羽が姿を現し、バーの小窓から微かに入る街灯の明かりが、その鮮やかな羽の模様と彼の恍惚の表情を照らした。
ふと姉さんをみると、
今まで見たことがないくらい穏やかな表情で、
ただ前を見つめていた。