襟足

2005年の春も桜は利口に咲いて、入学式の日を彩った。

「入試」というフィルターで濾過されたある程度均等な学力と人間性を有した男女が体育館に揃って並ぶ。

僕の入学した高校はどこを切り取っても「普通」の高校だった。

学力も中の中なら、目立って強い部活もない。

周りの生徒たちの外見についても「普通」というほかなかった。

では果たして「普通の外見」とは何なんだという議論になるが、その議論を持ち掛けてきた相手もこの体育館を見たら「あ、普通だね」と言いたくなるくらい「普通」だった。

クラス分けが発表され教室に入ると、

一番前の席に襟足の長い男がいた。

その毛先は茶色く染まっている。

ありふれた容姿を備えた男女の集団の中で、

その脱色された長い襟足はひと際目立っていた。

たまたま同じクラスになった小学校からの友人が僕に話しかけた。

「あいつ、やばくね?」

「うん」

「なぁ、ジャンケンで負けた方が話かけようぜ」

「やだよ」

話しかけることを罰ゲームにし、さらにそれを断るという残酷さが15歳にはある。

サッカー部に入部し、練習初日にグラウンドに行くと、春の風に茶色い襟足をなびかせる彼もまたそこにいた。

彼はイメージ通りの荒いサッカーをする男だった。

テクニックはなかったが、シュート力はあった。

サッカーという共通の話題を得たことで、たとえジャンケンに負けなくても、僕は彼に話しかけるようになった。

結果的に彼はとてもやさしい男で、すぐに仲良くなった。

席替えのくじ引きで窓際の一番後ろという特等席を引き当てた僕が喜んでいると、彼はその前の席を引いたようで、ニコニコしながら自分の荷物を持ってきて、僕の前の席に座った。

授業中、

彼はまったく先生の話を聞かず、

ある日はバレないように弁当を食べて僕の方に振り返ってドヤ顔をし、

ある日は切手くらいの小さなトランプを手に入れてきて、こっそりと僕に配り大富豪を始め、

またある日は「スッパイマン」という梅干を乾燥させたお菓子を業務用のようなサイズで持ってきて、それを僕に5分に1個のペースで渡し続けてきた。

味は美味しいので僕も食べ続けてはいたが、種にくっついた梅肉を前歯ではがす際に種の端の固い部分が上あごを傷つけているようで、「食いすぎて血の味するわ」と僕が言うと彼はガハガハと大口を開けて笑った。

四時限目、彼はじっと外を見つめていた。

そして僕に声を掛けた。

「テルイ、見て」

快晴、テニスコート、その隣にハンドボールコート。

いつもと変わらない光景だったので、

「なにが?」

と僕は聞き返した。

彼は人差し指の先を窓にくっつけて、

「あそこの木にめっちゃ鳥がとまってる」

と言った。

襟足と会話のギャップに戸惑ったが、彼は目を輝かせて真剣にそれを見ているので、「おー」と一応驚いてみせた。

それから数分経って、また彼が僕に声を掛けた。

「テルイ」

「なに?」

「わかった」

「なにが?」

「あそこに赤い実がなってるからだ」

こんなに平和なバードウォッチングがあるだろうか。

彼はスッパイマンを口にひとつ放り込んで、赤い実に集まる鳥たちを見つめていた。

彼も今では1児の父である。

きっといいパパになっているのだと思う。

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