終夜―1

10年前、僕は後輩と同居していた。

バイト中にその後輩からメールが一通。

「今日何時に帰ってきますか?」

当時僕は20歳、彼は19歳。

僕の帰りの時間を知りたい理由として、様々な事が想像できた。

女の子が遊びに来るので鼻の下を伸ばしながらこのメールを打っているか、地元の友達が遊びに来て盛り上がり「泊ってけよ!」と息巻いているか、もしくは珍しくメシでも作ったか。

「2時くらいかな。なんで?」

「なんか蕁麻疹出てきちゃって」

予想外の返信だった。

「まじか」

そう返してバイトを続けた。

通常通りの営業、予定通りの2時帰宅。

「大丈夫?」

そう聞くと彼は「はい」と答えながらも、眉間にシワを寄せて猿のように背中を掻いていた。

「見して」とTシャツをまくると、大きなミミズ腫れがいくつか、大陸のジオラマのように背中に広がっていた。

「やばいじゃん」

「やばいっすかねぇ?」

「うん、やばいよ」

「やばいっすよね」

「やばい」の4本ラリーは無知な僕らを焦らせた。そして「大ピンチ」という結論で二人の心はシンクロし、あっという間に救急車を呼んだ。

後輩の身を案じた僕は「あんまり掻かない方がいい」という誰に聞いたわけでもないアドバイスをした。

彼は信じてかゆみに耐えた。

僕はどんなときにも効くと噂のポカリを買ってきた。

彼は信じて飲み干した。

よれたTシャツを着た男たちの首筋には命がけを示す汗が流れる。

2010年、夏の東北沢、午前3時。

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