狡猾

ずるい人がいる。

かつて赤提灯でアルバイトをしていたとき。

「来月の第4金曜日、俺休んでもいいかな?」

店長がネギを刻む僕に声を掛けた。

「あー、いいっすよ」

と、あまり深く考えず軽く返事をした。

店内10席ほどのカウンターとテーブルが2席。

常連さんで賑わうのが通例のお店で、基本従業員は2人体制。

僕ともう一人のアルバイトで十分店は回る。

「サンキュ、じゃあ俺ちょっと休むわ、その日」

店長は来月の第4金曜日は休むことになった。

店長はとある事情で急に店長になり、働く日が増えて給料が上がったわけだが、なにせ急だったもので、上がった分の給料の使い道がわからず、よく僕や後輩にお酒を奢るようになった。

その日も閉店後に楽しく飲んでからの帰宅。

帰り道に一人になって空を見上げると東京には似合わず星がきれいだった。視界が急に曇ったかと思えば、僕の吐く息が外気に冷やされて白い靄をつくっていた。

気づけばもう11月だった。

家について暖房をつけた時に思い出した。

”「来月の第4金曜日、俺休んでもいいかな?」”

そうだ。

僕はスケジュール帳を開いて来月の第4金曜日を探した。

12月24日だった。

そこで初めて店長の作戦に気づいた。

毎日一緒にいる僕は知っていた。店長に彼女がいないことを。

そして冬なのに日焼けをしている男女とユーロビートが流れるような店でパーリーナイトをするような人でもないことを。

そういえば僕に了承を得たあと店長は携帯を手に取ったような気がする。そこで合点がいった。店長はハタチそこそこの若者に店を託してクリスマスに誰かを口説こうとしていたのだった。

「クリスマス」という直接的な響きはなんとか避けてこの関所を通りたい。そこで編み出した最適解が「来月の第4金曜日」という表現だった。今考えればなんだその指定の仕方という感じだが、その時はネギを薄く切ることに夢中で気づかなかった。まさかネギを切っているところに声を掛けることさえ作戦だったのか。

人が知恵を絞ったときというのは怖ろしい。

そしてシンプルにずるい。

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