滝行

太宰治に似ているバンドマンの友達と、ジョニー・デップに似ているフランス人の友達がいる。二十代の後半を彩る大切な仲間だ。

太宰の楽曲のPVを撮ることになった。

監督はジョニー、出演俳優は僕。

誰から頼まれたわけでもない「自主PV」。

本気の遊びである。

ジョニーは映画が好きで日本映画であろうと僕より詳しい。そしてクリエイティブな才能も持ち合わせていて部屋には自分で描いた絵が飾られている。そんな彼が映像作品を撮りたいと言うのはいわば必然的であった。

いつものように3人で酒を飲んでいた時、ジョニーは言った。

「滝のシーンほしいナァ。もうイメージあるナァ」

「じゃあ旅行がてら滝いく?」

そう太宰が言うとジョニーの目は輝いた。

「それ最高ナァ」

かくして僕らは滝を目指すことになったのだ。

チェーン店の居酒屋が秘密基地だったアラサー男子3人にとって、奥多摩の自然は非日常であり、最高のエンタメであった。

無限の緑を見ただけでもテンションが上がり、慣れない山道であったが足取りは軽く、順調に歩を進めていった。

細い山道の両端を木々が覆っていたため気づかなかったが、僕たちはずいぶん高いところにいるらしい。

右側の視界が開いたとき、斜面の下の方の川が遠くに見えたことでそれを把握した。

そのとき、ジョニーが信じられない言葉を口にする。

「帰ろう」

なぜだ。

僕と太宰は「は?」と口を揃えた。

「この高さ無理ナァ!」

まさかのジョニーは高所恐怖症だった。

「いやいや、せっかく来たんだから行こうよ」

「いや無理ナァ!」

ジョニーは若干怒っていた。

僕らにではなく”高さ”にである。

なんとか説得し、再び前に進むことになった。

ジョニーは少しふくれながら歩いていた。

恐怖を抑えるために半ギレという感情が必要なようだ。

そして難関が訪れる。

橋。

川を越えるためには必要不可欠である。

ジョニーは頭を抱えてしゃがみこんだ。

「あいつには悪いけど俺めっちゃ楽しいわ」

太宰は僕にそう耳打ちし、橋を渡っていった。

滝のシーンが撮りたい。

そう言いだしたのはジョニーだ。

「行こう」

僕はジョニーの肩をたたいた。

ジョニーは大きくため息をついて、四足歩行のハイハイスタイルで橋を渡りだした。

その様子を僕と太宰は両端から見守った。

そして橋の真ん中でジョニーは止まった。

いよいよ限界か。

そう思った時、ジョニーの叫び声が奥多摩の自然にこだました。

「インターネットにこんなこと書いてなかったナァ!!!!!」

怒りの矛先は”高さ”から”情報”にシフトチェンジした。

そして力なくこう付け加えた。

「ビギナーコースって書いてあったナァ・・・」

その後もジョニーは恐怖にかられるたびに少しキレるという独特の対処法でなんとか歩を進めていったが、結局、目的の滝には辿り着けなかった。ところが幸いに道中で別の滝を見つけ、そこで撮影を行うことができた。

カメラを構えたとたん、さっきまでの恐怖や怒りはすべて成仏したらしく、ご機嫌になったジョニー。

なんやねん、と思いつつ終わりよければすべてよし。

あとはビールを流し込んで、笑うだけだ。


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