風呂上がりにグリーンラベルをプシュッとしたところで、携帯に3回も着信があることに気づいた。 3回とも電話の主は一緒だった。 僕がコントをするときの相方、大矢三四郎だ。 LINEを送っても返信は翌日、電話をかけても基本的に出ない、そんな彼から夜中に3度も電話があったのだからただ事ではない。 「便りがないのは元気な証拠」という言葉があるが、ならば逆は、だ。 時刻は深夜1時。 これから駆けつけるにしても電車がないし、火照った身体にアルコールを注入してしまった今、運転は御法度だ。というかまず車がない。 彼が普段から車移動が多いこと、酒はあまり飲まないがドジが多いこと、わざわざ幸せを伝えるために3回も電話をしてくるタイプではないことを総合すると、電話の向こうではきっと何か良からぬことが起こっているに違いなかった。 ある程度の事まではびっくりしないように心の調子を整えて、意を決して折り返す。 いつもならこのまま延々とコール音が続くが、2.8コールくらいで彼は出た。 「あー、ういっすういっす」 ひとまず健康体のようだ。 「おう、どうしたの?」 できるだけ平然を装って僕は訊いた。 「いや、あのさ…」 そう言うと彼はいつものように申し訳なさそうに歯の隙間から息を吸って「シー」と音を立てた。彼が何かを告白する前の癖だ。僕の心拍数も上がる。 「土ってどこに売ってるか知ってる?」 「は?」 「いや、今ちょっと土探してて、さっきドンキ行ったんだけどなくてさ」 さすがのラ・マンチャの男もこんな時間に土を探す輩には手を差し伸べなかったらしい。 「出来れば腐葉土がいいんだけど」 まだ聞き手はなにも理解できていないのに彼は続ける。 深夜1時に土を買いたいなんてお前かハンニバル博士くらいだ。 「人でも殺めたか」 ひとまずボケた。 「いや人は殺めてないんだけど」 当然だ。 よくそんな真面目なトーンで返せるな。 「まず土売ってる場所を聞く相手がなんでオレなの?」 「テル、舞台とかやってるし、知ってるかなと思って」 どんな偏見だ。
舞台に関わってる人間は夜中に土が買える場所を知っているなんて通説がどこにある。それにオレは基本的に土と共に活動している俳優ではない。
「ていうかお前ん家のとなり公園じゃん」
「まあそうなんだけど」 「もうなんかなんでもいいんだけどさ、まずなんでこんな時間に土が必要なの?」 「いや、シー、あの、シー、実は、シー」
妙にもったいぶって彼は言った。
「ハムスター飼ってたんだけどさ、シー、はい…」 そういうことか。 うん。 何とも言えない話だ。 僕も動物は好きだ。 気持ちはわかる。
けれども深夜1時に「土」だ。
風呂上がりのあの心配。駆け付ける交通手段まで考えた。
本来ならすぐに掛けなおすところを冷静に対応できるように心を整えた。緊急事態かと思えば「土が欲しい」「腐葉土がいい」、理由を聞けばハムスター。 発泡した心の中にラムネを何個も入れられたせいで、僕の気持ちはパンパンに膨れていた。
僕のやるせない気持ちと儚き小さな命にR.I.P.