前回に引き続きスティーブの話をもうひとつ。 スティーブが奥さんと息子と3人で日本のハンバーガーショップに行ったときのお話。
一家団欒でポテトやナゲットをシェアし、ソースをドバドバとつけながら食べていたら、早々にソースが切れてしまい、もう1つ貰おうとスティーブはレジに向かったそうだ。 「すいません、ソース1つ貰えますか?」 「かしこまりました。20円になります」 スティーブは唖然とする。 ソースにお金がかかる? なぜソースにお金を払わなければいけないんだ。
ああ、わかった、なるほど、I see.
ソースだけを買いに来たと思っているのか。 スティーブはすでに店内で食事をしていることを店員さんに伝えた。 「あ、今もうそこで食事をしていて、もう1つ欲しいんです」 「20円になります」 ちがった。 本当にお金を取られるんだインジャパン。
20円。
予想外であろうと大概の人ならあきらめて支払う金額だが、スティーブは違う。戦う男だスティーブ。 「カナダではお金はかからないよ?」 「20円になります」 この店員さんもなかなかのサムライスピリットだ。 適切な間合いを取りながら引かない。
一向にマニュアルから逸れる気はないようだ。 言っておくがスティーブは貧乏ではない。
なんなら稼いでいると思う。
もはやスティーブは20円が惜しいのではなく、カルチャーショックでアクセルをベタ踏みし、後に引けないくらいエンジンが唸ってしまったのである。ブルンブルンと音を立て、煙が出ているのである。
だがスティーブは知的だ。
テンションを抑えてロジックを優先する。
スティーブは手元の切るべきカードを見極めた。 「わかりました。ではこういうのはどうでしょう」 スティーブはとっておきのカードを出す。 「ビジネスの基本は顧客の創造です。今ここであなたがお金を取ることで私の気分は損なわれて、たぶんもうこのお店には来ないです。つまり顧客を1人失うことになります。それでもお金をとりますか?」
「20円になります」 ホワイジャパニーズピーポー!!
スティーブは心の中でそう叫んだに違いない。 店員さんも素晴らしき日常の途中で20円を巡ってこんな黒船に絡まれてドラッカーを説かれるとは思ってもいなかっただろう。 あきらめないスティーブの後日談がある。 スティーブはその後、ハンバーガーショップの本社に連絡し、事情を説明したところ、後日大量のクーポン券が送られてきたそうだ。 もうだいぶ前の話みたいなので時効にして流してほしいが、おそるべしスティーブ。
日本だろうと海外だろうと「同じ人間だよ」と言ってしまうのは簡単だ。
だが考え方が違うからこそ196もの国がある。
同じ業種でも他社がある。
同じ芝居でも劇団が無数にある。
マニュアルとサービス。
経済と心意気。
それ以外にも様々な線引きがあるだろう。
世界の総人口77億人の考えを網羅した賛否のない線引きなどどこにあるのだろうか。
おそらくどこにもない。
だからこそ、世界はいつでも人を混乱させ、いつでも人を魅了する。