祝婚―4

駅を降りて、日焼けサロンやキャバクラを横目に見ながら、大通りに出る。帰路を遠回りして、僕はドン・キホーテに向かったのだ。

「ドンドンドン、ドンキ、ドンキ、ホーテ」と軽快なBGMが僕を包む。

「ボリューム満点、激安ジャングル~」とご機嫌な歌声を聴いて、ふとこの曲の歌詞を確認したいと思った。

惰性でいじっていたスマートフォンに「ドン・キホーテ 歌」と打ち込むと、この曲の名前が「Miracle Shopping~ドン・キホーテのテーマ~」であることが分かった。今後使わないであろう知識がまた一つ、脳内メモリに保存された。このせいで消えてしまった記憶があるなら全力で取り戻したい。

時刻は深夜2時を回っていた。

こんな時間にドン・キホーテを訪れた理由は他でもない。

当時一世を風靡した「ピコ太郎」の仮装衣装が欲しかったのだ。

先日、余興で歌う曲はコブクロの「永遠にともに」に決まった。

それ以降、深夜のバイトが続く三四郎と練習の時間が持てなくなっていた。LINEで僕が(今日はどう?)と練習に誘うと、彼はバイトで行けない事を謝った後、「まあいけるっしょ」的な文面を添えて返信をしてきた。

僕も鈍感なまま、気づいたら歌い終わっているのが理想だ。

どんなに練習したって、劇的に歌唱力が上がることがないのはわかっている。だが最低限、歌詞で詰まったりはしたくないのだ。そして本番中に「お前そんな歌い方するんだ」とびっくりしない程度には、お互いの歌唱ポリシーに慣れておきたいのである。

そしてなぜ「ピコ太郎」かということである。言うなれば「出オチ」がしたかったのだ。馬鹿馬鹿しい奴らが出てきたぞという印象が欲しかったのだ。

ハードルを下げることで「伸び率」をあげる作戦だ。

礼服で普通に出てきて普通に挨拶をした状態を50点として、歌が60点ならば伸び率は10点である。

しかし「ピコ太郎」で出ていき、流行りものに頼るなんて若者は安易だなぁと鼻で笑われながら、登場シーンを30点の状態にしておけば、歌が60点でも伸び率が30点に上がる。「その格好で出てきて普通に歌うんだ」というズレも可笑しみになればラッキーである。

なにより人前に出るにあたって、観ている人を楽しませようという気概はあるのだなと感じていただけそうじゃないか。レッツ情状酌量だ。

ドン・キホーテの仕事は早い。

激安ジャングルには確かに「ピコ太郎」の金色の衣装があった。

ビニールで包装され、商品名の書かれた写真には、どんなオーディションを経て選ばれたのかわからないモデルの方が金色の衣装をまとって得意げな笑顔を浮かべている。何とも言えない気持ちになる。きっと結婚式でこれを着た僕を見た人もこんな気持ちになるのだろう。

値段は三千円という、僕の財布にとっては優しくない値段だった。

しかし背に腹は代えられない。

僕は迷わずにその衣装を手に取り、お会計を済ませた。

これで僕は出オチをするんだ。

早歩きで夜風を切り、決意の面持ちで家路に就いた。

帰宅後すぐに着替えて三四郎に写真を送ることにした。

封を開け、金色の衣装を広げてみる。

ん?何かがおかしい。

それは金色のマントであった。欲しかったのは、いや購入したのは、金色の上下のセットアップだ。しかし今僕は金色のマントの両端をもって、それを広げている。

ふとパッケージの写真を見ると、小さく「金色マント」と書かれていた。

これは天のお告げだ。「そんなの着たってスベるだけだぞ」と結婚式の余興の神様が僕を叱っているのだ。そんな神様いるか知らないけど。

ひとまずそれを羽織って、セルフタイマーで全身写真を撮り、三四郎に写真を送った。

「三四郎、とんだミラクルショッピングをしてしまったよ」

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