祝婚―3

待ち合わせの時間に三四郎はいつものように遅れて現れた。

改札を出る少し手前で僕の姿を見つけると、そこから小走りをはじめ、申し訳なさそうな顔を作りながら近づいてくる。

「うっす、うっす、さーせん」

そう言いながらいつものように歯の隙間から息を吸ってシーシーと音を立てた。

僕がその謝罪に対して「いいよ」と答える期間はとっくに終わっていて、ここまでが彼との待ち合わせのワンセットという認識だ。むしろ今日はバイトをばっくれたベトナム人の代役などのトラブルもなく、彼が無事にここに辿り着いたということだけで安堵さえ覚えているのだった。

「ほい、行くか」

僕らは商店街を歩き、カラオケ屋に向かった。

部屋に着いて、ひとまず一服。僕はデンモクを手に取り、スマホをいじりながらアイコスを吹かす三四郎に「結婚式 余興 曲」で検索するよう頼んだ。

(余興で歌いたい!結婚式で人気・定番の歌まとめ)というテンションの高いサイトがすぐに出てきた。

「どうする?」と訊く彼に、「とりあえず男二人で歌えそうなやつ」と返し、僕らは手始めに、キンキキッズの「アニバーサリー」を入れてみた。

一度は聞いたことのある、あの有名な前奏が流れたその瞬間に、

「いや違う違う違う」と僕らは声を揃えて、歌い始める前に演奏を止めた。

「いや、違うね」

「うん、これは違うわ」

「うん、だってキンキキッズじゃないもん、うちら」

「うん、キンキキッズじゃないとこの前奏の下で堂々としてらんないよ」

「うん、キンキキッズじゃねーじゃんてなるからね」

「うん、あぶないよ」

「うん、あぶないあぶない」

「うん、気づいて良かったわ」

「うん、気づいて良かった」

キンキキッズは思い上がりだった。

続いて、ケミストリーの「君をさがしてた」を入れてみた。

気づいたら気持ちよく一曲歌い終わっていた。

「これはあれだね、気持ちいいやつだね」

「だね」

「でもたぶんスベるよね」

「うん、”あーあれね”の感じの空気になるね」

「うん、”あーあれね、あ、ちょっとアタシ今のうちにトイレ行ってくるね”のやつだね」

「うん、一番恐れてるやつだね」

「うん、”今のうち”って言われたらもうそれは終わりだから」

「うん、それならやらない方がいいからね」

「うん、じゃあやめよう」

「うん、やめようやめよう」

僕らの化学反応は実に平凡だった。

続いて、コブクロの「永遠にともに」を入れてみた。

こちらは歌いながら手応えがあった。僕らのような並程度の歌唱力であっても、シンプルな歌詞を、間違えずに、噛まずに歌えれば、及第点には届く感触がした。

「これじゃない?」

「うん、たしかに今までの中では」

「うん、シンプルだし」

「うん、落ち着いたリズムだし」

「うん、PV、二人とも座って歌ってたしね」

「うん、座って歌える感じのテンションがいいよ」

「うん、うちらは箸休めみたいなもんだから」

「うん、漬物的なね」

「うん、そうそう、そんな奇抜な漬物いらないから」

「うん、浅漬けでいいね」

「うん、あのスーパーで売ってるやつね」

「うん、ちょっと美味しくしようとしてオリジナルで色々やらないやつね」

「うん、やらないやらない、企業が用意してくれた味そのままいくから」

「うん、刻みショウガもいらない?」

「うん、いらないいらない」

「うん、味が染みやすいように少し切れ目いれたりもしない感じで」

「うん、なんの話してるかわかんなくなってきたけどこれでいこう」

「うん、これで」

「うい」

「よし、ソフトクリームとってこよう」

「うい」

こうして曲は安心と信頼のシンプル浅漬けこと、コブクロの「永遠にともに」に決まったのだった。

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​TAKEHITO TERUI