祝婚―6

吉野弘の代表作『祝婚歌』にはこうかいてある。


"

二人が睦まじくいるためには

愚かでいるほうがいい

立派すぎないほうがいい

立派すぎることは

長持ちしないことだと気付いているほうがいい

完璧をめざさないほうがいい

完璧なんて不自然なことだと

うそぶいているほうがいい

二人のうちどちらかが

ふざけているほうがいい

ずっこけているほうがいい


"


あたたかみのある言葉がここからもつづく。


キャンバスの上に誤った筆をおいてしまったとき、

すぐに丸めて捨ててしまうのは勿体ない。


その失策を、人間らしいと誇りながら上に白をのせ、

ふたたびその絵に向かい合うのだ。


そこにできた不本意な凹凸は唯一無二の歩みとなって、

絵が完成に近づくにつれて色気と呼ばれるようになるのだろう。


僕にはまだいつくるのかわからない、

未知の夫婦生活への心構えとして、

インマイポケットしておきたい名詩である。


ただこの詩は夫婦にむけて読まれるからよいのであって、


けっして結婚式の余興をともにする相方にあてがってはいけないのだ。


ずっこけ界の旗手が僕の隣で震えている。


三四郎である。


緊張のあまり、乾杯のシャンパンをなめる程度舌にからませたあとは、延々とオレンジジュースを喉に流し込んでいる。


「やっぱ酒飲むと声でないよね」

「うん、ガラむかも」


かくいう僕も、ビールが全く進まず、ウェイターにジンジャエールをお願いしていた。


隣に座っていた、新婦の友人に話し掛けられる。


「食べないんですか?」


僕らは膝の上に手を置いて、


スーツをギュッと掴んで手汗を拭いているだけで、


まだ目の前のフォークを一ミリも動かしていないのだった。


「あ、いや、食べます」


見慣れない小さいサイズの料理を乱暴にフォークで刺して口に運んだ。


もちろん味なんかわからない。


明瞭な活舌の司会者の声、スムーズな進行、拍手、笑い声。


着々と出番が近づいてくる。


「さあ、つづいては、」


オアシスのドント・ルック・バック・イン・アンガーが流れる。


舞台上に歩を進める我々。


マイクを手に持ち、挨拶を始める。


意外と言葉がすらすらと出てきた。


人は不思議なもので腹をくくるとわりと堂々とできるものである。


しかしすらすらが過ぎて、オアシスの曲の大部分を余らせて話し終わってしまった。


こういうときは正直に言うしかない。


「この曲の後にピアノの伴奏が入っています。同じトラックなので早送りもできず待つしかありません。なのでしばらく、オアシスを聞きましょう」


会場は失笑と嘲笑に包まれたが、唯一、オアシスの大ファンである劇団の座長だけは満面の笑みでリズムに乗せて腕を左右に振ってくれていた。


ノエルの歌声が止む。


ついに。


歌詞は絶対に忘れる自信があったので、

あらかじめ模造紙に大きく書いておいた。


それを足元に広げる。


ピアノの伴奏が流れる。


三四郎の歌いだし。

安全運転の細めの声だがまあ及第点。


僕の歌いだし。

お酒を控えたおかげでまあ及第点。


二人合わせてのサビ。


元々声質がだいぶ違うのと、

おそらく両方が天然で少しずつ外れてるので、

奇跡的なハーモニーを奏で及第点。


2番。

三四郎が信じられないことをする。

なぜか1オクターブ下で歌い始めた。

そして首をかしげ、元の音程に戻した。


なぜそんなことをするんだ。

なぜ本番で練習をするんだ。


会場も少しの笑いに包まれ、ハードルが下がったのは怪我の功名か。


歌い終わると、あたたかな拍手に包まれていた。


席に戻るとひとまずグラスビールを一気飲みし、

テーブルにたまった料理をかきこんだ。


式が終わると新婦(こちらもよく知る先輩)が駆け寄ってきて、


めっちゃよかったよ~とほめてくれた。


「なんか友達が隣にいたらしくてさ」


あ、あの方だ。


「はい、いましたいました」


「この人たちなんでこんな緊張してるんだろうって思って見てたんだって」


「あ、はい」


「したら、なんだよ歌うだけかよって」


なんだよ歌うだけかよ。


たしかにそうだ。


やはり結婚式の余興というのは「たかが」に含まれるのだろうか。


しかし「されど」の気持ちでいなかったら、ほっとしてる今もなかっただろう。


このときの経験と気持ちは未だに僕と三四郎を支配している。


コントの自主練で「もうよくね?」という雰囲気が出たとき、


「いや、準備不足で結婚式の出番前みたいになりたくないから」と言うと


「もう一回やろう」と踏ん張れるのだ。


(祝婚―完)


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